コラム

no.056
人材育成のスタートは「自己を捉える客観的視点」が重要

2018年9月27日 | 取締役 菅桂次郎

先日、我が社のプログラムを受講いただいたある参加者が、振り返りセッションで「これは自分ではない!」という衝撃の発言をしている場に立ち会う機会があった。

部下面談を模したロールプレイのVTR観察のセッションでは、過去にも同様の感想や発言をされる方が多いのだが、画面越しに映る自分の表情や態度、そしてスピーカーを通して認識する自分の声が、「本当の自分」ではないという感想を抱かせてしまうようだ。

一方、同グループのメンバーからは「これは間違いなくいつものあなただよ(笑)」というフィードバックがあり、更なる衝撃を受けて沈み込んでしまっていた。

そんな一連のやり取りを後方で見ながら、プログラム設計者の視点として、自己と向き合う起点を創り出せたことへの一定の満足感と、自分も全く自己認識ができていないことを痛感した笑えないエピソードを心の中で思い出しながら、ひたすら反省したのだ。

今回のコラムでは、私たちリードクリエイトが最も重要視している思想の一つである、「自己認識の重要性」について考えてみたいと思う。

まずは、私の反省に繋がった「笑えないエピソード」に少しだけお付き合い願いたい。

それは、先週の休日、昼寝から起きて散歩してから自宅に戻った際、洗面台で自分の顔を見て衝撃を受けたという話なのだが、「昼寝によって形成された自分の顔の凹み」が、昼寝から目覚めた2時間後においても、くっきりとその跡が残っているではないか。

すれ違った人たちは、「ああ、あの人、昼寝してたな・・・」と思ったに違いないと娘に話をしたところ、「そんなにパパのこと誰も見ていないよ」というトドメとなる衝撃的なフィードバックを受けて、どんよりとした休日の夕方を過ごしたというなんともくだらない話なのだが。

冒頭の参加者と休日の私。

状況は違えど、私たちは如何に自己認識ができていないかを痛感するのだ。

たしかに、毎日見ているはずの自分の顔は、鏡を通しての自分であり、日々の他者との関わりの中で変化する表情をリアルタイムで見ることは不可能なのだ。さらには、自分が大切に感じていることは、他者から見れば興味・関心のないことであったり、逆に、自分にとってどうでもよいと考えていることが、意外に大きな影響を及ぼしてしまったりしていることすらある。そして私たちは、その事実になかなか気づくことができないのだ。

これが職場といったビジネスの場になり、役職のような肩書による上下関係が強固になればなるほど、「菅さん、そんなこと言うと嫌われますよ」といった「娘のような率直なフィードバック」をメンバーからもらえる機会は、限りなくゼロに近づいていく。

だからこそ、まずは自分に率直なフィードバックをもらえるような関係性をメンバーと築くことが大切であり、そこから得た傷つきや気づきを内省し、他者からのフィードバックを受容することによる自己を客観視する能力を高めることが重要なのだと思う。

自分には、率直なフィードバックを贈ってくれるパートナーがいるだろうか。
自分の言動は、周囲からどのように映っているのだろうか。
自分は、どのような影響を与えられる人間になりたいと願っているのだろうか。

そんな気づきや問題意識を持ち帰ってもらえることが自己成長のスタートであり、私たちリードクリエイトの最大の提供価値だと考えている。